大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(モ)18237号 判決

申立人 藤堂進

右訴訟代理人弁護士 池田治

右同 池田しげ子

被申立人 鈴木孝

右訴訟代理人弁護士 坂根憲博

主文

被申立人・申立人間の当裁判所昭和四三年(ヨ)第一、二三一号不動産仮差押命令申請事件につき、当裁判所が昭和四三年二月一九日になした仮差押決定を取消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  申立人

(一)  主位的申立

主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求める。

(二)  予備的申立

申立人が相当の保証を立てることを条件として、主文第一項掲記の仮差押決定を取消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被申立人

申立人の本件申立を棄却する。

との判決を求める。

第二主張

一  申立の理由

(一)  被申立人を債権者とし、申立人を債務者とする、主文第一項掲記の仮差押命令申請事件について、東京地方裁判所は、昭和四三年二月一九日、別紙物件目録記載の申立人所有の不動産を仮に差押える旨の決定(以下「本件仮差押決定」という。)をした。

(二)  右仮差押決定は、昭和四二年二月二二日午前八時ごろ、川崎市生田二、一八五番地先路上の交差点(以下本件交差点という。)付近において、申立人運転の普通貨物自動車(登録番号多摩一な三、一〇九。以下「加害車」という。)と被申立人運転の自動二輪車(車輛番号川崎市四六、二七三。以下「被害車」という。)との間で発生した交通事故(以下「本件事故」という。)により、被申立人が申立人に対して有すべき、身体障害による財産的損害金五、八八〇、〇〇〇円の内金二、〇〇〇、〇〇〇円および精神的損害金二、二〇〇、〇〇〇円の内金一、〇〇〇、〇〇〇円、合計金三、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を被保全権利とするものである。

(三)  ところが、被申立人を原告、申立人を被告とする東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第七七三号損害賠償請求事件において、被申立人が金七五〇万円の給付判決を求めたのに対し、同裁判所は、昭和四三年一一月一二日、本件事故についての被申立人・申立人の過失割合を被申立人八・申立人二と見るのが相当であるとしたうえ、申立人には、被申立人に対し、同人の蒙った休業損害金七六八、〇〇〇円のうち金一五〇、〇〇〇円、逸失利益金四、五七〇、〇〇〇円のうち金九一〇、〇〇〇円、慰藉料金四〇〇、〇〇〇円および弁護士費用金八〇、〇〇〇円の賠償義務があるとし、休業損害から金一四〇、〇〇〇円、逸失利益から金八〇〇、〇〇〇円のいずれも被申立人が既に受領した額を控除した残債務合計金六〇〇、〇〇〇円および遅延損害金の支払を命じ、被申立人のその余の請求を棄却する旨の判決(以下「第一審判決」という。)を言渡した。

(四)  そこで、被申立人は、右判決に対し控訴したところ、同人を控訴人、申立人を被控訴人とする東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第二、六三三号損害賠償請求控訴事件において、請求を拡張し結局金一、一五九万円の給付を求めた被申立人の請求に対し、同裁判所は、昭和四六年一〇月一九日、本件事故の態様およびこれについての被申立人・申立人の過失割合を第一審判決の証拠資料とほぼ同一の証拠資料により同判決の認定のとおりとしたうえ、申立人には、被申立人に対し、同人の蒙った休業損害金一、五二〇、〇〇〇円のうち金三〇〇、〇〇〇円、逸失利益金五、九〇〇、〇〇〇円のうち金一、一八〇、〇〇〇円、慰藉料金四〇〇、〇〇〇円および弁護士費用金九〇、〇〇〇円の賠償義務があるとし、第一審判決を変更して、休業損害から金一〇〇、〇〇〇円、逸失利益から金八〇〇、〇〇〇円のいずれも被申立人が既に受領した額を控除した残債務合計金一、〇七〇、〇〇〇円および内金九八〇、〇〇〇円に対する昭和四四年八月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じ、被申立人のその余の請求を棄却する旨の判決(以下「第二審判決」という。)を言渡した。被申立人は、右第二審判決をも不服として、更に上告の申立(最高裁判所昭和四六年(ネ・オ)第四九五号事件)をした。

(五)  しかし、本件事故については、右(三)、(四)項記載の第一、二審を通じて弁論に上程されに全証拠資料に照らせば、第一、二審判決の被申立人・申立人の過失割合の認定および損害についての第二審判決の認定は十分首肯でき、かつ、上告理由に該当する事実もないから、第二審判決が上告審において覆えされる可能性は全くないものというべきである。

(六)  申立人は、昭和四六年一一月二五日、被申立人の受領拒絶を理由とし、同人を還付請求権者として、右損害賠償債務の履行のため、東京法務局に対し、金一、〇七〇、〇〇〇円および内金九八〇、〇〇〇円に対する昭和四四年八月一日から昭和四六年一一月二五日に至るまで年五分の割合による金員である金一一〇、二五〇円の合計金一、一八〇、二五〇円を供託した。

よって、本件仮差押決定には、事情変更または特別事情があるから、これの取消を求め、仮にこれが認められないとしても、申立人が相当の保証を提供することを条件として、本件仮差押決定の取消を求める。

二  申立の理由に対する答弁

(一)  申立の理由中(一)ないし(四)項および(六)項記載の事実はすべて認める。

(二)  同(五)項記載の事実は否認する。

(三)  第一、二審判決とも、本件事故は、加害車が左折の体勢で本件交差点手前の幅員約四メートルの横断歩道の交差点寄りまで来た時、加害車の左前輪と、同一方向に向けて直進するため進行してきた被害車の前輪とが接触したことにより発生したものと認定し、さらに、第一審証人「福田馨の証言を高く評価するものである」として、これにより、接触に至る経緯として、加害車の後方から進行してきた被害車が、加害車の左折前にその左側を追い抜けると軽信して、時速四〇―五〇キロメートルで進行を続けて本件交差点に接近した事実を認定したが、同証人の証言内容は、加害車が左折の体勢で横断歩道に差しかかり、その前輪が横断歩道に入った時、その後方七―八メートルのところを走行中の同証人の同乗した自動車の左側を、被害車が追い抜いて本件交差点に接近したというものである。しかし、実況見分調書およびこれに添付された写真によれば、被害車のスリップ痕は横断歩道手前ぎりぎりまで続いているが、そこで切れていること、加害車の左前輪と被害車の車体右側の足を乗せるペダルにはそれぞれ傷痕が残っていたことが明白に認められ、また、二輪車である被害車のブレーキは右ペダルに設置されているから、これらの事実によれば、加害車と被害車の接触部位は加害車の前輪と被害車の右側ペダルであって、右接触の際の衝撃により急ブレーキ操作中の被申立人の右足がペダルからはずれて無制動状態となり、スリップ痕が途切れたものと認められる。従って接触地点は右スリップ痕の切れた地点、即ち横断歩道に差しかかった地点であると認定しなければならず、加害車のホイール・ベースは二・七メートルであるから、同証人の証言内容のとおり加害車の前輪が横断歩道に入った時被害車が加害車の後方七―八メートルの地点にいたとすると、被害車は瞬時に約一〇―一一メートル位置を変えなければならないことになり、同証人の証言は重大な矛盾に陥る。さらに、同証人は、第一審の口頭弁論終結時近くになって、申立人により申請された証人であり、申立人の兄の知人であるから、同証人の証言は全く信用できないものである。他方、同証人の証言以外の証拠資料によれば、加害車と被害車が横断歩道のかなり手前から並進していた事実を矛盾なく認定できる。従って、これらの点を看過して、証人福田馨の証言を証拠原因として事実認定を行った第一、二審判決は、いずれも、証拠の証明力に関する経験則に違背した法令違反をおかしたものであり、かつ、この違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、被申立人は、第二審判決に対し、この点を主張して上告し、その点を詳述した上告理由書も提出してある。従って、第二審判決は破棄される見通しである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  申立の理由(一)ないし(四)項、および(六)項記載の事実は当事者間に争いがない。結局、本件の争点は、前記第二審判決が上告審において破棄されるおそれがあるかどうかである。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、右第二審判決は当事者双方の主張、立証に基いて審理を尽くしたうえ、第一審判決と同様、本件事故について申立人の過失は免れないが、他方本件事故の主因は時速五〇―六〇粁の高速で無謀な追抜き行為を敢行した被害者たる被申立人の運転に存するというべきであって、被申立人・申立人の過失の割合は大体被申立人八・申立人二と見るのが相当である旨を認定し、被申立人の蒙った損害額についてこれを考慮して減額をなすとともに、被害者には全く過失がないことを前提とする被申立人の損害賠償の請求に対し、右減額に相当する部分の請求及び損害の発生が認められない部分の請求についてこれを棄却したものであり、他に特段の事情のないかぎり、上告審において、この判決が、たやすく破棄されるようなおそれはないものと、一応認められる。ところで、被申立人が上告理由書を提出して主張したという上告理由は、要するに、第一審証人福田馨の証言内容に背理があり、従ってこれを証拠原因として事実を認定したことが経験法則に違背するというものであるが、本件に提出された疎明資料によって判断するかぎり、右の指摘の前提をなす事実関係の認識や証言内容の評価について納得しがたいところがあるので、このことによっても、右判決が上告審において破棄されるおそれがないとの前記認定を覆えすことはできない。

三  申立人の被申立人に対する本件事故に基づく損害賠償債務は、一応、右第二審判決において被申立人のために認容された部分に尽きるものということができるが、少くともその部分は前記供託によって消滅に帰したものというべきである。また右の部分を超える賠償債務については、同判決によって被申立人の請求が棄却され、その判決が上告審において破棄されるおそれのないことは前記のとおりである。

そうだとすれば、本件仮差押命令については、その発令後にこれを取消すべき事情の変更があったものというべきである。よって本件仮差押命令を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 落合威 裁判官江田五月は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 緒方節郎)

〈以下省略〉

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